以前薦められた「デザインと死」(黒川雅之著、ソシム)を読んで、ドキッとした項がありました。
(「サステイナブルとは、死の壮大なメカニズム。 」より)…このサスティナブルという生に片寄った思想に、本来の日本の美意識を感じないことである。美人は薄命であり、はかないことを美しく思う、あの日本的美意識である。生の側から美を感じるのではなく、死の側から美を感じることである。
今、日本を支配するものは西洋的思想である。自然を対象化して加工し、人間の規範に馴染ませようという思想だ。しかし、日本人の美意識は自らを自然と融合するものとして捉えている。芽生え、しげり、枯れて散りゆく、この自然の規範に自分自身を従わせる思想である。その美意識からは、サスティナブルという発想は生まれない。滅びゆくことを歓ぶ美意識になる。
エコだサステイナブルだと連呼されて心地よく感じないのは、それが西洋的思想だからではないか。西洋にどっぷり浸って、その取り組みを日本に広めようと躍起になっていた私でも、心の底では何かが違うって分かっていたんじゃないか。そんなことを考えさせられました。